土曜プレミアムに、生中継で4時間もブラジル国民の的になった、ブラジルリオデジャネイロで起きた、ブラジルバスジャック事件。
犯人のサンドロドナシメントは何を目的に、バスジャックをしたのか。
サンドロドナシメントや被害者の今現在やその後は?
また、要約を先取りしたいあなたに、ブラジルバスジャック事件の要約を説明していきたいと思います!
目次
ブラジルバスジャック事件の要約
事件は2000年6月12日、リオデジャネイロで起こりました。
貧しい環境で育った若者、サンドロ・ド・ナシメントは強盗を企てるが失敗。
失敗したため、何か逃げるものが必要と判断したのか、
その後4時間もバス乗客を人質に取る。
その事件は生中継で放送されたことから注目を集めたそうです。
サンドロは最初は誰も殺すつもりはなく、要求もなかったそう。
しかし、バスの運転手が逃げてしまっていたため、サンドロは、逃亡のための武器と代わりの運転手を要求しました。
しかし、サンドロはその要求が通らないと悟ると、人質を殺すと脅しました。
男は、メッセージを書かせた女子大学生の頭に布を被せ、バスの床にひざまずかせると……なんと、女子大学生を撃ったのだ。パニックに陥る人質たち。女性が絶叫する。「彼女を殺したわ。床が血だらけになっているのよ」「言うとおりにしてよ。1人死んだのよ」。
そして、犯人は、その女性の顔に銃を突き付けた。
犯人の名は、サンドロ・ド・ナシメント、21歳。スラム出身の元ストリートチルドレンだ。ためらいなく銃を撃ち、人質全員の殺害予告をする凶悪犯サンドロが、生中継を続けるテレビカメラに向かってこんな言葉を叫ぶ。「おい、ブラジル! 俺を映してくれ! 俺はカンデラリアにいた」。
サンドロが訴えた「カンデラリア」。そこはブラジル人なら誰もが知る、かつての惨劇の舞台。さらにサンドロは叫ぶ。「イボーネを今すぐここに呼べ!」「警察は卑怯者だ」。事件解決後に、犯人サンドロの過去を理解した人々は、このバスジャック事件の複雑な背景に心を痛めることになる。
リオデジャネイロの市内に立つカンデラリア教会は、ストリートチルドレンたちに敷地を開放し、多くの子どもたちがここで寝泊りをしていた。この教会で子どもたちの世話をしていたのが、ストリートチルドレンの母、イボーネ。そしてイボーネが心を通わせた1人が、まだ幼いサンドロだった。
生まれてまもなく父は蒸発、母の手で育てられたが9歳の時、母はサンドロの目の前で暴漢に刺し殺された。ストリートチルドレンとなったサンドロを母親代わりとなって育てたのがイボーネだった。
1993年7月23日に悲劇は起きる。
今も語り継がれる「カンデラリア教会虐殺事件」だ。
パトカーに投石したストリートチルドレンへの報復行為として、深夜、教会で寝ている子どもたちに対し、車で乗り付けた2人の警察官が無差別に発砲。8人を殺害した。その現場にサンドロはいた。サンドロも警察の標的にされた1人だったのだ。
バスジャック犯と人質の「迫真の演技」
その後、成長したサンドロは、教会を飛び出し「生きるための犯罪」に手を染めていく。窃盗や強盗、違法薬物の売買などを繰り返し、刑務所に2度収監された。
威嚇の発砲をし、人質の頭に銃を突き付けるサンドロだったが、事件発生直後、意外な行動に出ていた。人質たちに「誰も殺さないし、傷つけない」と告げていたのだ。
「警察に捕まればきっと殺される」。警察に強い不信感を抱くサンドロは、恐怖におびえていたという
実は、そもそもサンドロがこのバスに乗り込んだのは、銃で乗客を脅して金をゆすり取ろうとしていただけだった。追い込まれたサンドロは、ブラジル中が見つめる中で、行き場のないバスジャック犯となってしまった。それが“史上最悪のバスジャック事件”の真実だった。
タイムリミット前に撃ち殺されたはずの女子大学生も、実は、サンドロは狙いを外していた。「100まで数えてから撃つ。でもお前を殺しはしない。俺が撃ったら、みんなで悲鳴をあげるんだ。いいな?」。サンドロの指示どおり、人質たちは「女子大学生が殺された」と絶叫した。サンドロと人質たちは、迫真の演技をしていたのだった。
そして午後7時頃に、サンドロは女性教師を盾にしてバスから降ります。すると、警官がスキをつき、サンドロを至近距離から銃で撃ちました。
しかし、弾はサンドロに致命傷を与えるどころか、警官の発砲した1発が人質の女性にあたってしまいます。
その後、気が動転したサンドロは、女性に向かって発砲。人質の女性は亡くなってしまいました。
サンドロは、その後、パトカーに乗せられました。映像を見ると、その時はサンドロが生きていたことがわかります。
しかし、サンドロは車の中で警官に首を絞められ窒息死しました。
映像を見ると分かるのですがサンドロは、2,3名の警官に押さえつけられるように車に乗りこんでいました。
もしサンドロが抵抗したとしても、2人いれば十分抑えることができたはずです。
本当に、サンドロは首を絞められる必要があったのかとおもいますよね。
サンドロの首を絞めた警察官は殺人罪で起訴されますが、その後、無罪となっています。
サンドロ・ド・ナシメントの過去
サンドロは1978年7月7日に生まれました。
父親は生まれる前に亡くなっており、母親に育てられています。
しかし、10歳の頃何者かによって母が殺され、親戚に引き取られます。
親戚との生活が嫌になったのか逃亡し、路上で暮らすストリートチルドレンとなります。
こうした背景があり、生活に困って強盗したのでしょう。
1993年7月23日に悲劇は起きる。
今も語り継がれる「カンデラリア教会虐殺事件」だ。
パトカーに投石したストリートチルドレンへの報復行為として、深夜、教会で寝ている子どもたちに対し、車で乗り付けた2人の警察官が無差別に発砲。8人を殺害した。その現場にサンドロはいた。サンドロも警察の標的にされた1人だったのだ。
バスジャック犯と人質の「迫真の演技」
その後、成長したサンドロは、教会を飛び出し「生きるための犯罪」に手を染めていく。窃盗や強盗、違法薬物の売買などを繰り返し、刑務所に2度収監された。
威嚇の発砲をし、人質の頭に銃を突き付けるサンドロだったが、事件発生直後、意外な行動に出ていた。人質たちに「誰も殺さないし、傷つけない」と告げていたのだ。
「警察に捕まればきっと殺される」。警察に強い不信感を抱くサンドロは、恐怖におびえていたという
貧富の差が拡大しているブラジルでは、生きるために犯罪が多発しています。
なぜ、警察官は殺す必要があったのか。
人の命を奪うまで捕まえることが優先だったのか。
このブラジルバスジャック事件は貧富の差がはっきりとわかる事件になっています。
被害者の今現在はどうなった?
先ほども述べたように女性が1名亡くなっています。
他の乗客は無事助かったのではないかと考えられます。
サンドロドナシメントの今現在は?画像
警察官に首を絞められ、亡くなっています。
まとめ
こうした貧富の差がブラジルだけでなく起きていると思います。
他の国でも起こり得ることです。
ブラジルバスジャック事件は今の世界の情勢を浮き彫りにしていますね。
こんな事件が起きないようにどうすればいいのか考えないといけないですね。